トレイ・エドワード・シュルツ 『WAVES』ネタバレ感想

https://filmarks.com/movies/86235/reviews/83302825

 

 

音楽は人生の伴奏をしてくれる

 

楽しいときや辛いときに、気に入った曲、ハマっている曲を爆音で掛けることで、気分はブーストされ、生活は彩られる

そして音楽は、その素晴らしい特性によって、気持ちや考え方を変化させ、ぼんやりとした思考をまとめあげ、意味あるモノに変えてくれたりもするのだ

 


本作は"プレイリストムービー"らしい
ファーストカット、フロリダの海橋を走る車の中でカメラは回転しながら、爆音でかかるanimal collectiveのFloriDada
圧倒的な多幸感の中、カットは次々と切り替わっていく
画面は滑空するようにスライドし続け、ほとんど静止しない
初め、映画はどことなく断片的だ
にも関わらず、場面が変わっても音楽は止まることなく、まるでDJがMIXするように継続して流れ続けていく

MRI検査シーンでかかるASAPのLVLのイントロが、次の瞬間さりげなくmacbookから掛かっているといったシーンが数え切れないほどあるし、そもそもライヴ版とインスト版がMIXされて使われていたりする


この"プレイリスト"には、2010年代のマスターピース級のアーティストばかりが名を連ねているわけだが、彼らのトップヒットした曲ばかりを拾い上げているわけではない

監督は本当にこれらのアーティストの曲を聴き込み、惚れ込んだ上で、物語を構成するためのプロットとして用いている

・A24公式 監督による曲目紹介(英語)
https://a24films.com/notes/2019/12/the-annotated-waves-playlist
・↑の和約記事(Fan voice)
https://fansvoice.jp/2020/03/17/waves-tracks-director-comments/

ただ好きな曲を使いたかっただけでもなく、ただ流行を取り入れて終わりにしたかったわけでもないのが伝わってくる

 

描かれている空気感も非常に素晴らしかった

フロリダの空気という意味でも、若者の音楽と生活の距離感や聴き方という意味でも、リアルに描かれており、現代の映画であることは間違いない


しかし、音楽からプロット、プロットから画、画から人物やストーリーという降り方が見て取れる故に、描写が粗かったり、個々の人物や背景へと視点がフォーカスされきらず、物足りない面があるのも確かだ

ただこれについては、映画の作り方がかなり演繹的かつ様式的なせいもあるだろう
10代の妊娠、父権的な家、部活動と間接の故障
こうした10代っぽいクリシェのオンパレードがあるために、めっちゃ「青春映画」ってコピーライトされてんのだろうか
まぁとりあえず、こうしたことの連なりが起こした悲劇は、「具体的なタイラーたちのエピソード」と捉えるよりも、もっと広く象徴的で、ただ「償えない悲劇」くらいに捉えておくのが、おそらくこの映画が最も良く見えるピントの合わせ方だと思う


テーマや全体の雰囲気は、様式的に、寄せては返す波のように、映画が始まってからデクレッシェンドしていき、中盤からまたクレッシェンドしていく

それに合わせて画角も狭まり、そして元へ戻るのでかなり分かりやすい演出だった


そして映画のピーク

今作で一番贅沢に挿入歌らしい使い方をされているradioheadのTure Love Waitsは、一聴して、離れていく恋人を引き留めるような歌詞のようだ

連れ去った友人は「ルークと父親の歌になっていた」と言っていた
恋愛について書かれた曲が、家族について歌うことだってあるのだ

僕は僕で、「離さないこと」が「Ture Love」に繋がっていく、妹エミリーの思想、カニエ的なアイディア、引いては『WAVES』のテーマ性、監督のアイディアの中心になっているような気がした

そのまま表面的に歌詞や雰囲気だけで曲を選んだのではなく、それらを独自に解釈し、しかも一義的な意味にならないよう上手く取り入れている点に、監督のセンスの良さを感じる


エミリーが映画内で言われる言葉の中に、「NOT MONSTER. NOT EVIL. HE IS A HUMAN BEING.」という台詞があった

"彼"は確かにクソだったかもしれないし、結構考えが足りなすぎるやろみたいなシーンも多くあったが、自己を振り返ってみたとき、誰に彼を「DIS DEVIL DUDE!!」と罵ってSNSで断罪する権利があるのだろうか

あれだけのことをし、罵られるのは仕方のないことなのかもしれない
しかし、監督はわざと過剰とも言える出来事が起こるように仕組んだのだ
ギリギリのラインを狙って
彼のことを知り、関わりを持ってきた人間が彼のことを、あれだけのことがあり、なおも「離さず」にいることこそが肝要であり、赦しであり、愛なのだろう


それはルークにも言える
ルークが父を許したことは、彼があの長い刑期のあと、赦しを得ることであり、エミリーが自己を赦せたということにつながっていったのだ

 

車の中でSZAのPretty Little Birdsが流れている
開け放した窓から半身を出し、腕を使って風に乗る


音楽は、人に、生活に寄り添っている

音楽はあくまで他人の創作物であり、私たちは視聴者でしかない

しかし、ひとたびそれを聴き込み、惚れ込み、理解しようとし、自分のことのように感じ、そしてあくまで他人のモノとして捉えられれば、音楽はあなたの人生を変え、豊かにし、大切な人生の一部となっていくだろう

それと同じように、他人もあなたに寄り添い、近くに存在しているのだ


他人を「離さない」こと
もし、これを愛と呼び、そのように生きるならば、いつか、幾度となく、素敵な瞬間が人生に訪れるはずだ


自転車に乗って立ち、両手を広げて風を切る


その時、きっと私たちはみな、飛んでいるように軽やかだ